弓道とは?

初めに

柳水館は、日本の和弓(弓道)の修練を通して、健全な心身をつくり、日本古来の伝統文化を近隣に広めるため、個人の敷地に建設されました。道場は「柳水館」と名付けられ、これは道場の敷地内にある柳と池からとったものです。また柳のように無理なく外からの力を受け流す柔軟な体と、透明で無垢な水のように澄んだ心構え、射手の気が十分に空間に表現できる場所を提供したいという思いも道場名に表現されています。当館では、家主である日本人トレーナーが直接弓の指導にあたっています。(日本語・ドイツ語・英語)

弓道について

弓道は老若男女を問わず、同一条件化で、各々に合った弓の強さを使用して、生涯に渡り修練することが可能です。この理由は、先ず第一に、他の武道の場合は、相手の力量によって勝敗が分かれるのに対し、弓道では相手が的である為に、100%自己の力量(技・体・心の持ち方)によって勝敗(的中・外れ)決まることです。的を外した場合は原因を己に求め、的に当たっても「正射」であったかどうかを常に自分に問いながら(中りに不思議有り)稽古を続けていきます。修練度や技術が進むと、次第に射品・射格と呼ばれる、自己・人格の表現、弓に対する心持ち、場にかもし出される雰囲気等の芸術的面の向上が稽古の目的となってきます。これが弓道は「射芸」とも呼ばれる所以で、このレベルに達すると、弓の道が自己完成の「道」になるともいえるでしょう。

第二に、弓道は相手(的)との「間合い」が他の武道に比べ遠いということがあげられます。一般的に相手との距離が短い競技、例えば相撲(相手との距離が0)の場合は若くして(30歳くらい)でピークを迎え、柔道・空手・合気道・剣道・長刀・槍等間合いが伸びるにつれピーク時の年齢が上がる傾向にあります。従って弓の場合は相手との距離が武道では最大ですので、ピークの幅がもっとも長いといえます。また武道一般的に言えることですが、高齢になっても体力の衰えを技(効率のよい体の使い方)と経験(体力にあった弓を使用する)により補うことが出来ます。

実際に日本ではネンリンオリンピックと称して、参加資格が90歳以上という大会もあり、100歳以上の方も多く参加されています。弓道では特に足腰を良く使い(行射の際に立ったり座ったり)、ラジオ体操のように両手を上方に伸ばしたり、背筋を伸ばしながら胸を開く動作をしたり(弓を引く動作)、体にかかる全て負荷を全て開放したり(矢を放つ動作)、正しい呼吸法により、健康が促進される効果もあります。

またクラブでは、現代風の正面打ち起こしによる射法、古風な斜面打ち起こしを用いる日置流印西派・竹林派の射法の射手が一緒に切磋琢磨して稽古しています。いずれにしても弓を引く本質は同一で、射手の習得レベルによってはそれぞれのよさを取り入れたりできる利点もあります。

心・技・体の一致、正射とは?

日本の弓道の場合は、なんでも的中すればよいという競技性の強いアーチェリーとは異なり、正射正中が本来の武道としての「一本」即ち、本来の中りとなります。これらの要素として、

①正しい目使いと息合いにより、心を総体の中心におき(不動心とも言われます)、気力による無声の発による離れと、どこまでも限りなく空間に広がり続ける気の波動、②弓の反発力を矢に最大限に働かせ、飛・中・貫(矢勢鋭く、正鵠を得、貫通力が強い)と呼ばれる射技を磨き、③自己の骨格と筋を最大に生かし、よどみなく力が流れる自然体があげられます。

この気すなわち、射技すなわち、自然体すなわちが一体となり、最大に働いた時の的中を求めることにあります。また、似た表現では三位一体(心、身体、射技の安定)とも呼ばれます。の各々それぞれの位を上げることが射格、射品の向上につながり、それに伴って、的中の位も向上していきます。

真・善・美(弓道における目標)

中(あたり)は中でも真の中はなにか?ただ単に矢が的に中るのを良しとせず、反省に反省を繰り返しさらなるを求め続ける気持ち、小手先の的中の技にとらわれず、自己の射技や試合の結果に驕らず、また昇段や称号にたよらないの気持ち、三位一体を含めた全ての調和、自己表現としての自然を目標として、弓道の修行がおこなれます。

これは、昔の戦での生死をともにした時代と異なり、現代の弓道の最大の目標と言われています。この目標に向かって稽古することが、人格を向上させ、社会に貢献し、自己実現が可能となるのではないかと思っています。

弓の修練について

上記一般的に弓道について私見を交えて説明しましたが、私も含め現役の弓引きとしては、自分自身が修行中の身であり、あくまで一緒に弓の修行する者の一人に過ぎません。指導者は初めの弓の手ほどきと、弓が引ける環境を整えるの主な役割で、弓の修行は自己責任となります。

先ず第一に、指導者から弓の取り扱い方、引き方等の基礎を教えてもらいますが、一人で弓が引けるようになると後は「見取稽古」・「工夫稽古」・「矢数稽古」による自己修行が始まります。指導者は、生徒の鏡として道から外れ過ぎた時にはアクティブに修正を施すのみで、後は習得度がどれだけ進んでいるかをチェックし、フィードバックをするのみとなります。又、弓に関する歴史、道具の種類・性能や、その作り等の弓道の幅を広げるきっかけを与えてくれますが、深さは自分で掘り下げる必要があります。人生に例えると学校で基礎知識を学び、除所に一人前になるまでの期間です。

第二の段階は、自己の持って生まれた骨格を最大限に発揮できるように法にのっとった技を磨き、それにあった道具を使用することにより、自己流ではない、基本に沿った「自分の弓」が引けるようになります。刻一刻と変化する肉体の状態と、移りやすい心を整える事は、上級者でも難しいですが、己を知りつつ体・心・技を習得する時期ともいえます。人生に例えると、一人前になり自立した生活が行なえるようになる時期から始まります。

第三の段階は、自己の弓を極めつつ、先代から教わったものを次の時代に継承する時期に来ます。師への恩を次の世代へ返すともいえます。これは直接指導者として手出し、口出ししなくても、同じ道場で一緒に引いているだけで、以心伝心によって伝わっていきます。できるだけ正しいことを伝えたいですよね。人によっては、自分でクラブを設立したり、団体を興したりして社会的にも普及に大きな影響を与える人も出てきます。人生で言えば子供を育て、その子供が親になる姿をみる感じでしょうか。もはや自分だけで弓を引いている人生から、弓の世界全般のために弓を引くようになるともいえます。

弓にご興味のある方はメールにてご連絡ください。

亀尾茂康

(上記記載事項について、誤字脱字・表現の不適切な点がございましたら、ご連絡ください)

柳水館 道場の住所 Bahnhofstrasse 29, 41366 Waldniel, Germany
連絡先・お問合せ先 erster@kyudo-in-waldniel.de